2009年10月9日


ミュンヘンの貧と富 (上)

 

 ここ数年、日本では生活保護をもらえずに自宅で餓死している市民がときおり見つかる。80年代に「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と外国から賞賛された経済大国ニッポンだが、時代の変遷とは恐ろしいものである。

私が住んでいるミュンヘンは、ベルリンなどドイツ北部の都市に比べると、市民の平均所得は高い町である。だがこの町ですら、貧富の差は広がる一方だ。

 ミュンヘンのラマースドルフ地区。月曜日から金曜日まで、毎日午後1時を過ぎると失業者やホームレスの人々が集まる場所がある。ボランティア団体「ミュンヘンの台所」が貧困層に属する市民にパンや野菜、果物などを配っている。360人のボランティアたちは、午前中に青果市場やスーパーマーケットを回って食料を集め、市内21ヶ所の配給所で困窮者たちに手渡す。

 失業者であることや、生活保護を受けていることを証明する書類をこのボランティア団体に見せれば、無料で食べ物の配給を受けることができる。大手スーパーマーケットなど120社がスポンサーになり、売れ残った野菜や果物を「ミュンヘンの台所」に寄付している。

 「ミュンヘンの台所」によると、毎週食料を受け取る人々の数は1万6000人にのぼる。これは4年前に比べて60%の増加である。ボランティアが毎週配る食料の量は、100トンに達する。彼らは、ホームレスの市民や麻薬中毒者、身寄りのない母子の滞在施設も回って、食料を届ける。

 この種のボランティア団体の全国組織である「ドイツの台所」連合会によると、定期的に食料の寄付を受ける困窮者の数は、過去1年間で10万人増えて、ドイツ全土で100万人にのぼる。同連合会のゲアト・ホイザー会長は、「経済危機のために今後は食料の寄付を受ける人がさらに増えるのではないか」と予想している。

 スーパーマーケットなどへ行くと「売れ残った生鮮食料品を捨ててしまうのは、もったいない」と思うことがある。その意味で、貧しい人々に食べ物を配るのは良いことだ。だが自力で日々の糧をかせぐことができず、寄付に依存する人が増えるということは、社会にとって大きな問題である。

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ミュンヘンの貧と富(下)

 ミュンヘンでは毎週1万6000人のホームレスの市民や失業者が、ボランティア団体からスーパーマーケットの売れ残りの野菜やパンの支給を受けている。その一方で、富裕層向けの豪華マンションが着々と建てられている。

 ミュンヘン西部には、バイエルン王国の支配者ヴィッテルスバッハ家が建設したニュンフェンブルク宮殿がある。この宮殿の広大な庭園の南側の道を歩いていると、武骨な要塞を思わせる現代建築が目に飛び込んでくる。

 「レドゥクト」と呼ばれる高級マンションは、安藤忠雄風のコンクリート打ち放しの建築だが外壁の所々に金色の板が貼り付けられている。この建物は元々イエズス会が1960年代に建てた現代風の修道院だったが、後に不動産デベロッパーに売却されて、14世帯が住めるマンションとして生まれ変わった。

 マンションと言っても修道院の建物なので、大きさは半端ではない。たとえば修道院の図書館だった住宅は、「図書館の塔」と名づけられており、広さが498平方メートル。さらに庭付きのテラスの広さは120平方メートルもある。

 一番小さい住宅は158平方メートルだが、販売価格は148万ユーロ(1億9240万円・1ユーロ=130円換算)。1平方メートルの値段を9392ユーロ(122万円)とすると、最も大きな「図書館の塔」の価格は468万ユーロ(6億840万円)になる。

 内部は美しく改装されており、浴室だけでも50平方メートルはあるだろうか。ドイツ人が住宅を選ぶ条件の一つに、自然の風景が近いかどうかという点がある。その基準に関して言えばニュンフェンブルク宮殿の庭園に接した「レドゥクト」は百点満点である。大きく作られた窓からは、深い森とルートヴィヒ2世が生まれた城が見える。春から夏にはこの一帯は小鳥のさえずりに包まれる。

 「東京の六本木ヒルズや、ニューヨークのパークアヴェニューのマンションに比べれば、安い」とおっしゃる読者もいるかもしれない。だがドイツの庶民感覚では法外な値段である。かつては中間層が多かったドイツでも、社会の所得配分が急速に偏りつつあることを示す一例だ。